2014年02月25日

〈5〉2000年代

  市民側のそういった活動の盛り上がりに冷や水をかけるかのように、文科省は、不登校増加に歯止めがかからないことを憂慮し、2002年、第2回調査研究協力者会議を開催した。「不登校容認の風潮が増加の原因」などととらえているとの報道があった。市民側は、緊急集会を開いたり、連絡会議を持ち、文部省と会見したり、パブリックコメントを出したりと動き、考える会も積極的に協力した。しかし、「学校復帰に何らかの働きかけを」という最終報告が出され、登校圧力が増した。県や学校により、不登校半減政策とか、不登校ゼロ作戦とか、3日休むと風邪でも不登校予備軍としてリストアップされ、対策が講じられるなど休みづらくなった。同伴登校や保健室登校、家庭訪問が奨励された。PTAや民生委員が登校への働きかけに動き地域で居づらくなった話も、親の会では聞かれた。卒業条件が厳しくなった傾向も感じられた。02,03,04,05年の小中不登校数は微減や横バイになり、それまでの増加の一途から転じた感があった。登校圧力が効を奏したかのような印象を与えたのであるが、無理は続かない。
 06年秋、いじめ自殺がぞくぞくと続いた。自殺のかげに、いじめがあっても休めない状況、休んではならないと子ども達が思わされている状況があり、楽になるには死ぬしかなかったのである。いのちの方が大事、それくらいなら、と不登校を認める親も増え、マスコミによる「逃げてもいい」報道もあり、06,07
年の不登校数はまた上りはじめ、昨年8月発表された学校基本調査の不登校数は小中で12万9000人となっている。とりわけ中学生の不登校率は、調査開始以来42年間の中で過去最高となった。
 不登校率を押し上げているかげに、学校のストレス化の増大が考えられる。ゼロトレランス政策(例外を認めない厳しい対応)、ゆとり教育の後退、学習時間の増加、全国一斉学力テストの復活と成績競争、そして教育基本法の改正(改悪)
やそれに伴う教員管理(免許法改正)など教育が子ども一人一人を大切にするのでなく、国策として期待される人間像にしむけていく方向に強い力が働いている。しかも大変な少子化であり、子どものまわりは大人だらけ、その上大変な高学歴社会である。自分も高学歴である大人は、子どもにも当然のように期待するだろう。子ども達は、ひところより苦しい子が増えているように感じられる。専門機関の増加、医療産業の進出もあり、医療にかかる子どもが増加している、と親の会やフリースクールでは感じた。登校拒否を考える全国ネットワークの協力を得てシューレ大学を中心に「不登校と医療」の全国アンケートも行ったほどである。意にそわない入院を強引にされるケースも珍しくなかった。発達障害による不登校の増加ということが言われるようになり、多くの親は、不安になったり、学校にすすめられ医療にかかり、診断名をもらったりして、しかし、ではどう考えたらいいか、という課題が会でも出されるようになった。
 定例の懇談会では、以上のような状況が時に前面に、時に裏側にからんで出されてくる。ひところ、医療機関、相談機関、スクールカウンセラーやサポート校などに行く人が増え、親の会への参加数が少なくなったこともあったが、ここ2〜3年は、やはり、親の会がいいと人数が増えている。つながりながら、孤立せずやっていくこと、じっくり学びあい、考えあい、子ども自身が本当に存在を承認され、安心して生きていけるようにするために親の会の重要度は増していると感じている日々である。
posted by 考える会 at 14:28| 考える会の歴史